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そもさんせっぱちょーちょーはっし

拝啓、バカです。

僕は予防線をまず張った。

ハックルベリーに会いに行くうすらバカを目立たせるのがはてなのブコメを読んだ。id:aurelianoさんは頭の良い人だと思う。
ただ僕はこのエントリに関して不快に感じた。妄想につぐ妄想で考えを巡らせてみた結果、このエントリ自体は「Web上の住人としての発言としては不適切」だと僕なりに思った。不適切を承知で書かれているのなら以下は必要ないのだが。

僕は妄想の道程を示した。

ぼくは、このエントリーにコメントをつけるようなうすらバカが現れたら、もう少し彼らのことを観察したいと思う。彼らはなぜこの世に生まれ、なぜ存在するのか? 目的は何か? 彼らはどこから来て、どこへ行こうとしているのか? そもそも、うすらバカとは一体何なのか?

これではブコメはつけられない。付けたらうすらバカ認定だ。
このような牽制が出来ることはid:aurelianoさんが頭の良い証拠である。


今回のうすらバカを目立たせるのがはてなのブコメエントリを読んで、頭の良い方は確かに何も言わない。たとえ論破できたとしても言わない。なぜなら無駄な争いは避けるからだ。このエントリが一つの意見として存在することを認めるからだ。もしくはそもそも気にしないからだ。
頭の悪い方は正直行動が読めない。僕のようにわざわざトラックバック飛ばしてエントリを仕上げるかもしれないし、ブコメで論破しようと頑張るが100文字にまとめきれずあきらめてしまうかもしれない。あきらめず途中でぶちぎれたブコメをさらすかも知れない。いわゆる「顔真っ赤w」という状態だ。
そしてうすらバカは確かにコメントをつけるのだろう。「なんか俺のことバカにしてんの?」という被害者意識や、「いや、こいつぜってー誰かに叩かれるから、先叩いとこ」と言った付和雷同でありながら、誰よりも早く先駆けたという優越感から。そして彼らうすらバカは顔真っ赤というよりは、変質的なあざとさを携えて冷静でいる。蚊帳の外の安全地帯から石を投げようとしている。「もうすぐ援軍が来るぜ」と安易に思いながら。


そして以下の妄想につながった。
いやいや、そもそもid:aurelianoさんは

だけど嫌いなのはうすらバカだ。これは本当に心の底から嫌いだ。

彼らは徹頭徹尾役立たずで、存在価値はプラスでもマイナスでもなくぴったりゼロである。毒にも薬にもならないとはこのことで、煮ても焼いても食えないから本当に始末が悪い。

とはいいながらも、うすらバカを完全に悪としてはとらえていないように思える。一種のフィルターとしてうすらバカという言葉を使ったのではないか、と考える。このエントリにより、id:aurelianoさんに対してのブクマは今後減っていくかも知れない。しかし、ブクマコメの質は向上するかも知れない。もしそういう意図があったのだとすると、成功していると思える。

じゃあ僕は何が不満なんだろうか。

先述してきたすべての妄想が確かだと勝手ながら仮定するならば、僕が不満に思っていることは、

  • はてブコメはブログ主が管理すべき問題なのだろうか、ということ。
  • 勝手につけるな、エントリに対してのブコメの質を下げるな、ということをブログ主がいうべきなのだろうか、ということ。

実際には、「つけるな」とは言っていない。しかし、

うすらバカは、このエントリーの意味するところが分からないくせに、自分は頭が良いと勘違いしているから勝手に理解した気になって、その誤解に基づいた毒にも薬にもならないうすらバカなコメントを恥ずかしげもなく書き残していくのだ。

と言いはてブコメしづらい状況を作り出しているのは確かだ。
はてブやそのコメントに関しての様々な問題はあろうけれども、id:aurelianoさんをはじめとした被はてブマーカーの地位は決して揺るがない。見当違いコメにはスルーしてほしいし、真っ当な批判コメ(この場合うすらバカにはならないかもしれないが)には新エントリを上げるなりして対処して欲しい。わざわざうすらバカホイホイをする必要があったのだろうか。

なんかまとまらない。

ということでid:aurelianoさんのエントリからの全文引用で締めさせて頂きます。

「嘘をついてはいけない」という教えは言葉足らずだ
「嘘をついてはいけない」という教えは言葉足らずだ。正確には「自分には嘘をついてはいけない」である。自分に嘘をつくと、自分を際限なく損なってしまう。自分を、もう二度と取り返しのつかない地点まで追いやる。だから、自分に嘘をつかないためなら、他人には嘘をついても良いのだ。むしろ、嘘をついた方が良い。

ハックルベリーに会いに行く