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そもさんせっぱちょーちょーはっし

硬い文章柔い文章

僕は基本的に「硬い文章」を書く方が、「柔い」それよりも『読める』ものになることが多い。
というのも、単純に「柔い文章」を書くときは垂れ流して書くからなんです。整合性とか一切無視して、ある程度の文法は守るのだけれど、しゃべるように書くというのがありますね。だから主語がない文章になるし、指示語だけで文章を膨らまそうとする。

これがどういう問題を引き起こすかというと、自分で見直す気が起きなくなるんです。そしてそんな文章なんて、他人が読んでくれるわけなんてないから、すっごく無価値なノイズを WWW に巻き散らしてることになってしまうんだなあ。

でも一度さらしたものを消去したり、一部改訂するのは嫌だから追記する位でお茶濁して終わったりするんだよなあ。前につきあってた彼女なんか脳内垂れ流しのわりに面白い文章掛けるからそれは才能なんだろうな。
"ぷぎゃー"とか"ばふー"とか文中にうまく絡めるんだけど、そんなただの悪ふざけがなかなか効果的に効いてきて、面白みを増した魅力的な文章に仕立て上げちゃう。これはジェラシーだなあ。

硬い文章は、単純に文法の整合性を気をつけていれば誰でもかけるのだからあまり自慢にはならないしね。結局文才ってのは文法力でなくて、詩的なセンスのことなんだろう。


って当たり前のことにたどり着いたってだけの話。