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そもさんせっぱちょーちょーはっし

『ブレンダに相談してみるわ』の意味を考える

映画『バグダッド・カフェ』を視た。僕が視たのは完全版で、短いほうは視たことはないので、まあそういった感想だと思ってください。このタイトルを何故に選んだかと言えば、甲本ヒロト真島昌利が好きな映画に挙げていたから。で、見終わって、「確かに好きそうだな」と納得した。ヒロトやマーシーにある、ともすれば「偽善的」と呼ばれかねない純粋さを主役であるジャスミンは体現していたから。これにつきる。

店主であるブレンダに断りもなしに、ジャスミンは掃除を始める。きっかけは店主ブレンダが持ち込んだ掃除用具が片付けられていなかったから、という単純な理由である。客であるなしは関係なく、あったからやった、やりたいからやってみた、という純粋さがジャスミンには見えた。それは献身的でありながら、うざい。店主ブレンダにしてみたらおせっかいがすぎるってもんだ。一種の縄張り荒らしで越権行為の当てこすりだ。「悪かったわね、汚い店で」ということになって、常識ある社会人としては、やってはならない無粋な行為だ。こういう経験誰でもあるんじゃないか。よかれと思ってやった、もしくはそこまでの計算を入れずにやった、それが誰かの逆鱗にふれちゃって傷ついて、というようなこと。メランコリー親和型性格なんて性格の分類があるらしいんだけど、それはまあ置いといて。とにかくヒロトやらマーシーが好きな映画に挙げてたってのはうなずけたってこと。

さて掲題である

ラストシーンのプロポーズである。ジャスミンはルーディのプロポーズに了承したのか、ということである。
僕が映画を視て感じたこと、映画自体の流れ、また僕個人の希望の結末としては、彼女プロポーズ断ると思うんだよね。というかそうじゃないとこの映画、成立しないと感じた。ではなぜそう感じたかは以下。

ラストシーン前にブレンダは家出していた旦那と店の入り口側で仲直りの抱擁をする

で、この抱擁の前に二人を注視している店中央に残されたジャスミンを視ることが出来る。
ジャスミンが別れた夫を思い出さないはずがない。
ジャスミンが夫を思い出したのと同じように、ブレンダ夫婦の愛を間近にみたルーディが触発されたってのは言わずもがな。

プロポーズが論理的すぎる

この映画は女性的エロスの映画である。あの太っちょおばちゃんをあれだけ美しく可愛らしく女性らしくみせる撮り方ができたのは、おそらく監督が無類の女好きで女性至上主義であるからだろうな、と僕は感じた。
で、そういう肉感的で情緒的なエロス映画にしては、ルーディのプロポーズは論理的過ぎておよそ画家らしくなかった。ジャスミンにはブレンダ夫婦の再会が頭に焼き付いていたんだし、強引にいったら揺れたかもしれなかった。突然のルーディの花を持っての来訪に戸惑いと期待が交錯してたし、

ジャスミン:紳士として? 画家として?
ルーディ:男としてさ
ジャスミン:なら、服を着るわ

っていいながらも服を着なかったんだぜ。すぐドアを開けるでも無く、服を着ようか逡巡して、それでもなお服を着ずにドアを開けたんだぜ。「男」としての入室を服を着ずに受け入れたんだぜ。これって「OKです」ってことなんだよ。でもそこまでの決意を持って部屋に招き入れた男が理論武装したプロポーズだなんて、興醒めでしょ。情熱的な女性を前にして、しゃっちょこばって冷静にさせてどうするのさ。
「君の絵をもっと描きたいんだ」という独善性丸出しの芸術家肌的なプロポーズなら、話は違っていたかもしれない。ただ、それはそれで台無しなんだけどね。

で、最後の『ブレンダに相談するわ』って台詞の真意

「『夫と仲直りした友人であり家族である女性に、長年連れ添った夫ってどういう存在なの?』って聞いてみるわね」ってことでしょ? それを聞かれたブレンダの答えを想像してみようよ。先に夫と仲直りの抱擁をしたブレンダの答えを。自ずとルーディのプロポーズの返事はわかるでしょうよ。


それにしても答えの擦り合わせみたいで無粋な文章だ。

01/17 18:44 追記
ジャスミンは帰国→元夫と離婚→カフェに戻ってきたとも考えられるか……。
それでも、あのプロポーズは無いわ。