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そもさんせっぱちょーちょーはっし

シャガールはドーナッツを好いただろうか

「シャガール−ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展 オフィシャルHP
上野駅からパンダ橋渡って(この「橋」のでかさにテンションあがってる兄弟が橋の上で追いかけっこしてた。元気だなー)上野恩賜公園の中を通り抜けて東京藝術大学へ。


今回はシャガールだけの作品だけでなく他のロシアの芸術家の作品も展示されていた。このあたりは僕は把握していなかったので、シャガールだけだと思っていた僕はちょっと戸惑った。その一方で「この辺りの配色がシャガールのよさだよねー」と全く別人の作品を指差して言う人もいて、それはそれで楽しめた。それぞれの心にそれぞれのシャガールがいたとして、それはそれでなんの問題もないと思う。

アヴァンギャルドだ、キュビズムだ、というのがどういう経緯を持って成立したものなのか、どういう定義がなされてるのか僕は理解出来てるとは言えないので、今回は単純に個人的感想を書く。

三日月型のモチーフ

今日観た中で一番「あっ!」と思ったのは、これ。
会場3F「シャガール独自の世界」のなかにある作品では顕著にみられた。たまたまそういう作品がそろったのかもしれない。思ったのはこういう形状が良く描かれていたなあ、ということ。左右反転した向きはあまりみられなかったなあ。でそれが大体画面中央より左に出現している。つまり左括弧( "(" ) なんじゃねえかなあと。なにかを括って守りたかったんじゃないかなあ。

それとふと思ったのが魚眼レンズ。"魚眼レンズ"でイメージ検索をかけたものが以下。ちょっと恣意的かな。
http://ngsw.tumblr.com/post/981778053/optical-play
http://ngsw.tumblr.com/post/981781664/google
なんかシャガールっぽくね?

影をどう表現するか

シャガールの色彩として、青と赤、青とオレンジと黄色、っていう『暖色 + 青』ってのがあるかなあ。で今日はそこに緑青(青銅色)もあったのねってことに気が付いた。
「シャガール−ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展 オフィシャルHPのトップでみられる二枚の絵のうちの一つ、<<ロシアとロバとその他のものに>>で使われている緑青は物語性をはらんでるよなあ、とか。
バケツの色と、赤い牛の乳を吸っている人間?そして子牛か。これが全部緑青で描かれているんだけど、全部「牛乳を受け取る、もしくは盗み飲むもの」としてなんだよな。このあたりなんか面白い解釈無いだろうか。ちなみに個人的にはこの牛の出す乳は真っ赤な血の色をしていると思うんだよね。

平面的平面表現の中での立体的表現

これどういっていいかわかんないんですけど、絵画って平面じゃないですか。油絵は盛ったりするから三次元的とか言えちゃうかもしれないけど、まあそんなの誤差だし些末だしってことで二次元として考えて。そうそれはやっぱり平面。その中でキュビズムってのがわーっとでてきた、と。三次元世界でも正面しか見えない(二次元的にしか捉えられない)のに二次元世界で正面とその真裏を同時に描こうという無茶をやり出すじゃないですか。
これを無理矢理名付けると、平面的立体表現となるかなあと。
で、そういうのが台頭してく中でシャガールは、平面的平面表現を求めて、しかしその中(作品内世界のより下位の階層)で立体表現を追求したんじゃないのかなって思うんですね。こんなイメージで捉えてます。

3DIM
`-- 2DIM
    |-- Cubism-3d
    `-- other-2d
        |-- Chagall-3d
        `-- other

で、シャガールの求めたもののもう一つの次元って縦x横に加えて光なんじゃねーかと。そしてこの光(色)には意味があるんでしょうね。霊的な何かを備えているような気がします。先述した緑青なんかそうですね。
あるんだけどみえない、みえないけど確かにそこにある。こういうととても陳腐ですね、嫌ですね。なぜこのような考えに至ったかと言えば、同じく今日展示されていたオシップ・ザッキン(確か)の彫刻作品<<形と光>>をみてそう感じたんですね。
http://ngsw.tumblr.com/post/981922538

この作品の面白いのは、でっぱるべきところ(凸)の一部をへこませているところ(凹)にあるんですよ。これ練金ブロンズ製で光に反射して輝いてるんですよ。これが木の彫刻作品だったり、石膏の作品だったら成立しないと思うんですね(光らないから)。一種のトリックアート的ネガポジ反転を立体で表現してるんだなってところ面白みを感じたんですな。
以下を見てもらえればなんとなく言ってることわかってもらえるかも。
YouTube - GATHERING FOR GARDNER〜トリックアート・ドラゴン
よくありますね、スーツだけがあるけど中身は空っぽのシュールな絵だとか、メガネと髭が宙に浮いているけど顔も目も無い絵とか。そういうことなのかなあ、と。笠井潔の探偵小説論はこのことに言及してたような。

ジャン・プーニーとItsuo Sugiura

Jean Pougny Online
こういう人の作品もあった。でItsuo Sugiuraの話。
漢字で書くと杉浦逸生だったかな。このあたりうろ覚えで申し訳ない。The Bule Hearts のアルバムだとかでジャケットのデザイン担当していた人、たしかGRAMってとこの人。でアルバムTRAIN-TRAINとか似てるなあ、って思った。
http://ngsw.tumblr.com/post/981793725/amazon-co-jp-train-train-the
このTRAIN-TRAINの歌詞カードではバンドメンバーはデフォルメされてイラスト化されているんですけど、そのデフォルメのされかたが戦中のプロパガンダポスターのそれと良く似てるんですよね。
http://ngsw.tumblr.com/post/981819680/gram-jpg
マーシーはアメリカ反戦主義青年。ヒロトがソビエトの怠惰な労働者。河ちゃんが中国のこずるい兵隊。梶くんは朴訥な日本兵かね。

最後に

非常に漫画的な気がしました。アヴァンギャルドって絵画の中に文字を平気でいれるんですね。シャガールの『魔笛』舞台関連作品の中に「mozart」って描いてあったのはうけたなあ。
また、キュビズムの影響で世界が直線的に区切られて行くんですけど、それがキュビズム的に区切っていたものから、直線が記号として一人歩きする序章だったんじゃないか、という気がします。印章派がぼやっと境界をあいまいにして、キュビズムが境界を鮮烈に浮かび出して、そしてなにかを鮮烈に浮かび出させる記号としての「直線」が漫画でいう効果線に受け継がれて行ったんじゃないかな。*1

*1:なんて思ったけど、これは間違いだ。浮世絵の時代から効果線は使われてるわ。